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書評 アーカイブ

2007年05月13日

「人を見抜く力〔セオリー〕vol.6」

人を見抜く力〔セオリー〕vol.6

  第一編集局セオリープロジェクト (編集)

人を見抜く力。
恒常的に人を見抜くセオリーがあったならば,誰も苦労しない。
それは,求められる状況によって異なってくるだろう。
だから,この手の書物は基本的に信用しないことにしている。

その点,この本は,25人の「成功者」が別々に語っているので,非常に客観的に読むことができる。その上,非常に簡潔である。
「成功者」というのもまた,怪しい。もちろん,社会で成功した(それもインタビューを受ける程度までに),というのは一つの実績であるが,運で成功してはい上がったのか,ただ体力があったからある程度効率悪くても帳尻が合ったのか,わからない。
しかし,どこかにその人たちの最大公約数的なものがあるのではないか,と思って読んでみた。

様々な業種の会社経営者のみならず,コメンテーター,プロ野球選手のスカウトマンなど,かなり広い業種の人間の話が載っているので,情報の収集としてはとても良いのではないかと思った。それこそ,一冊新書なんか読んで洗脳されるよりよほどましかと思った。

目下には,自分は将来上司を選択しなければならない,という課題があるのだが。
いろいろ読んでると,やっぱり世の中ろくでもないやつばっかりだな,と考えさせられる。

2007年12月16日

不撓不屈~坂井三郎氏に関して

PHPの「歴史街道」という雑誌を買ってみた。
奇遇なことに,坂井三郎氏に関しての特集だった。

坂井三郎氏は,大空のサムライと呼ばれた太平洋のエースパイロットであり,100を越える出撃のうちで,愛機を一度も壊したことがなく,また,同時に出撃する僚機(当時3機1グループとして出撃していた)を一機も失ったことがない,というまさにエース中のエースであった。また,戦後もずっとご健康でおられたため,著作は各国語に翻訳されて全世界に読まれ,アメリカ軍からの高い尊敬を受け,数々の式典にも参加しておられた。

彼の戦法は,
1.高い視力で敵をいち早く確認し,
2.絶対有利な体勢に持ち込み
3.一撃で決める
であった。つまり,敵の背後にいち早く回り込むことが重要であり,一対一の格闘戦や深追いは禁物とした。

そんな彼も,何度か死の危機に瀕したことがある。1度はガダルカナル島に上陸中のアメリカ軍を爆撃する爆撃機の擁護で行ったときに単座の戦闘機(後ろから回り込めば必勝)と思った飛行体が実は複座の爆撃機(後ろに銃がついている)であり,その際16機から一斉射撃を浴び,両目ほぼ失明,左半身不随の重傷を負った。彼は,自爆を何度も考えながらも,もうろうとする意識の中で1000kmを越える距離を太陽の位置を手がかりに飛び続け,燃料残量ぎりぎりでラバウル基地に帰投した。もう一度は,特攻を指令されたが,仲間はかなり撃墜され,日没および荒天という最悪の条件の中,硫黄島基地までもどったことである。どちらの場合においても,彼は
4.不撓不屈の精神
をつらぬき,絶対に死なないことを強く思って,孤独に打ち勝ったとのことである。

零戦乗りは,例え国力で国が負けようと,戦闘機同士の戦いでは,絶対に負けない,と強く思っていた。この,集団と個の分離,という高度な精神鍛錬も,現代社会では大変レアになってしまった成熟した境地であると思った。
もちろん,僕はもう一度戦争をしたいからこの1ー4を列挙したわけではない。

2008年07月29日

ノモンハンの夏

ノモンハンの夏 (文春文庫)
半藤 一利著

無能な関東軍幹部によって繰り広げられた一夏の戦争。
現場は,事実を曲げて中央に伝え,極めて楽観的な,根拠なき作戦を遂行,屍の山を築く。
兵の消耗率は70%を越え,まさに悲惨極まりない近代戦の幕開けであった。

この話の中で対照的に描かれるのは,関東軍を統制不能になっている日本陸軍と,一方でドイツとの交渉を進め,西側状勢を冷静に見ながら,日本との国境線を極めて冷静に推し進めるソ連の独裁者スターリンである。

日本がノモンハン事件で完全敗北を喫さなかったのは,ひとえにこのスターリンの西側状勢重視思考(当然なのだが)と,その時たまたま動いたドイツの動きであろう。
スターリンは,そのすべてにおいて冷静で,ほぼ正しい予想をしていた。その論理性,直感力は驚くべき物であり,彼が独裁者として君臨していた根拠として十分である。ただ,スターリンは,弱腰であった。ほぼ確実に勝てる場面でも,慎重を期した。ここもまた日本陸軍と好対照であった。

何もない満州の大地で大きな目的もなく起こった国境紛争。そして失われた多くの命。夏の日の灼熱の光線が沁みる。

2010年03月23日

書評:オヤジとわたし

早坂 茂三の「オヤジとわたし」を読んだ。

つまり、田中角栄の秘書による田中角栄の本なのだが、
端的に言うと、田中角栄は人脈を大事にして、細かいことにとらわれなかった、ということらしい。
前半はなるほどそういう風にして地位を築いていったのか、というふうに納得していくのだが、後半はもはやロッキードでこき下ろされたことに対する反発というか言い訳というか、そういうのが連発してきて、どうしようもなくなってくる。

なんでこんなものを読もうと思ったかというと、田中角栄の秘蔵っ子小沢一郎が国会を牛耳っているからで、じゃあその田中角栄とはどんなものか、ということを知りたかったから。その上で、秘書の本というのはいいかな、と思ったが、これはちょっと関係が近すぎて客観的と言うよりは、オヤジはすごかったオヤジはすごかった、の連発であった。オヤジというものにはかなわない、という早坂さんの気持ちはわかるのだが、それでいて、オヤジに自分を重ねたような文調になっていくのは読む側としてはいささかつまらない。ジャイアンとスネ夫の関係のようで。

トータルとして、前半にある、ひとつひとつの人間関係を大事にする、地位で人を判断しない、という思想(彼らが実際にそうしていたかは問わず)、窮地に立たされても明るくあり、飯はちゃんと食う、というあたりは大変参考になった。現在は田中角栄の行ったことは、金権政治の悪、道路族土建屋主体の政治として叩かれているわけだが、当時として彼が成功していたのは事実。その秘訣というのを、少しだけ垣間見る程度の期待を以て読めば、それなりによい本かもしれない。そして、角栄の秘蔵っ子がその一部だけをかいつまんで、どうしようもない状態になっていることに納得するには、実によい書物だと感じた。

文庫は絶版。ブックオフでどうぞ。
ハードカバー・ダウンロード販売もあるようです。
http://dl.rakuten.co.jp/prod/205201677.html

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